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暮らしお役立ち情報 No.20

[サービスコード/P00149-00001]
海洋散骨とは -大自然に還る、葬送-
暮らしお役立ち情報 No.20

近年、日本の葬送が変わりつつあります。しかし、現在、伝統と思われている「お通夜、告別式、火葬、お墓の建立、お墓参り、法事」などの一連の流れは、明治期以降から始まり、第二次大戦後に普及した比較的新しい葬送だということはあまり知られていない事実です。「自然葬(散骨)」「直葬」「家族葬」「0葬」といろいろな選択肢が現れ、今は葬送の変化の過渡期であるのかもしれません。ここでは、静かに広がり始めている「海洋散骨」について知っておきたいことをまとめました。

日本の葬送の歴史

明治より前の日本では、土葬が一般的でした。村はずれに土葬されるか遺棄されるかというのが一般庶民の普通でした。そして必ずしも埋葬した場所にお墓を建てるのではなく、別な場所に祀るためのお墓をつくることもあり、遺体や遺骨の埋葬場所はあまり重要視されてはいませんでした。そのお墓についても、今のような大きな石ではなく、木の塔婆を立てたり、小さな自然石を置いたりする程度のものが普通でした。

出典:瀧野隆浩著『これからの「葬儀」の話をしよう』より当コンテンツにて作成

現在、日本の火葬率はほぼ100%ですが、実は明治時代まではおよそ7割が土葬されていました。しかし、都市部に人口が集中していくにつれ、土葬のための用地が不足していき、さらに政府が火葬を伝染病対策と位置付けたこともあり、都市から地方へと、火葬が全国的に広まっていきました。

一般庶民がお墓を建てることができるようになったのは、江戸後期から明治初期と言われています。そして火葬が広まり始めたほぼ同じ時期、明治政府は、天皇家の万世一系を強調し、全ての国民を戸主と家族からなる「家」を単位として統治しようと、明治31年に「明治民法」を施行しました。この中で、長子相続や夫婦同姓などの「家」制度が明文化され、第987条では、お墓は祭祀財産として家長である長男が継承していかなくてはならないとされました。一つのお墓に何人も入る現在のようなお墓が一般的になっていったのです。

こうした背景のもと、火葬と「○○家の墓」が全国的に広まっていき、火葬による「収骨」「納骨」という儀式が生まれました。現在、一般的とされている火葬を含む一連の葬送儀式は、ここ100年ほどの歴史の中で作り上げられた比較的新しいものなのです。「○○家の墓」というと古くからのご先祖様が代々眠っているように思いますが、実は多くが3代ほどであり、それ以前のご先祖様は村はずれなどに土葬されていて同じお墓には埋葬されていないのです。

継承者のいないお墓の行方

こうして明治後期より現代へと、火葬とお墓、一連の葬送儀式が定着していきます。1948年施行の新民法によって「家」制度が廃止されてからも、お墓については長男が継承していくという慣習はそのまま残されてきました。しかし、都市部への人口集中、核家族化にともない少子化が進み、女性の社会進出とともに晩婚化が進み、景気の悪化とともに非婚化が進み、言わずもがな、お墓の継承者が断絶してしまい、無縁墓となってしまうケースが問題になっています。

無縁墓とは、お墓を管理する親族や縁故者がいなくなった墓のことです。お墓には、公営墓地、民営墓地、寺院墓地と3つの種類がありますが、どれにおいても墓地の所有権は自治体や寺などの運営母体のものであり、お墓の所有者が運営母体に対して毎年管理費を支払うというのが一般的です。当然、お墓の継承者がいなくなれば、管理費などの支払いも出来なくなるため、そのような墓地は無縁墓となります。「墓地、埋葬等に関する法律」の規定では、官報に告示して1年以内に管理者からの申し出がない場合、墓の区画は整理され、遺骨は無縁仏を集めた供養塔などに合祀されてしまいます。実際に無縁墓の改葬は全国的に行われていて、年によって大きく異なりますが、年間約2500~7500件ほどに上ります。

出典:厚生労働省 衛生行政報告例「埋葬及び火葬の死体・死胎数並びに改葬数」より当コンテンツにて作成

最期は自然に還る

無縁墓が増えてくると、今度は永代供養墓というお墓が出来ました。永代供養墓とは、寺や霊園などに永久または一定期間、遺骨の管理と供養をお願いするシステムです。その形は様々で、一般的なお墓と同じような単独墓から、他人と同じ場所で遺骨を保管する共同墓、他人の遺骨と同じ土中に埋葬する合祀墓などがあります。しかし単独墓も共同墓も、例えば13年や33年などの期限を設けていて、一定期間が過ぎると合祀されるパターンが多いのです。

では、継承者が途切れなければ、永久にお墓の中で供養され続けることができるのでしょうか。一般的なお墓にはカロートと呼ばれるコンクリート製の納骨スペースがあります。お墓に遺骨を納める場合、骨壺のままカロートに入れていきますが、先祖代々引き継いでいくと、カロートが満杯になってしまう場合もあります。その場合、古い骨壺いくつかを一つにまとめてスペースを作ったり、カロートを増設したり、新たにお墓を建てるかなど、遺骨をそのまま保管する方法もありますが、カロートの底が土になっている場合は骨壺から遺骨を出して土に撒くことが出来ます。すると遺骨は土に還り、いずれなくなります。他にも永代供養墓に移すという方法もあるようですが、先に述べたように、永代供養墓では最終的に合祀されることが一般的です。

そして、50年100年と経っていけば、遺骨はほとんど水分や蒸気と化し、骨壺に入っていてもいずれは自然に還っていくといいます。どんなに立派なお墓を建てても、やはり生物として、最後は自然に還るというのが大原則なのでしょう。

時代に合わなくなってきたお墓

時代が変わり、継承者が少なくなってくることで、従来のお墓の形式を保つことが難しくなってきました。

また、平均寿命が延びていく半面、健康寿命との差が問題となっており、多くの人が亡くなるまでの10年ほど、何かしらの病気を抱えて生活しています。

平均寿命と健康寿命の差の推移

出典:内閣府男女共同参画局「平均寿命と健康寿命の推移(男女別)」より当コンテンツにて作成

老後の年金生活の中で、長い闘病生活や介護生活の末に亡くなられた場合、本人や家族に相当な金銭出費があり、当然、経済的にもお墓や葬儀に予算をかけられない状況になることは容易に想像が出来ます。

それから、ライフスタイルの多様化によって、お寺の檀家離れ、人々のお寺離れという現象も起きています。生前から菩提寺との信頼関係があるという前提で、檀家としてお布施を払いお寺を支えていく代わりに、死後の供養と先祖の供養一切を託すというのが本来の姿なのでしょうが、都市部への人口集中、地方の過疎化によって、檀家は必然的に減少し、次第に形式的に葬儀や法事だけを執り行ってもらう「葬式仏教」へと変化しています。

そして、戦後、「家」制度が廃止され、家族は「家」単位ではなく、「夫婦単位」と変わりました。女性は結婚すると、多くは夫の姓を名乗りますが、夫婦で新しい戸籍を作り、夫婦単位で生活を始めます。しかし、亡くなると夫側の「家」の墓に入る慣習が根強く残っていて、死を契機に「家」制度に戻されてしまうような埋葬の方法に違和感を覚える女性も少なくありません。

このような社会の変化を背景に、お墓にではない埋葬の方法が出現しはじめました。

海洋散骨の始まり

1991年、市民運動団体の「葬送の自由をすすめる会」が発足し、海や山への散骨を「自然葬」と名付け、同年10月に第一回目の海洋散骨による自然葬を相模灘でおこないました。この第一回目の自然葬はマスコミで取り上げられ大きな反響がありました。当時の法務省は、マスコミ関係からの問い合わせに対し、刑法190条で規定する遺骨遺棄罪と散骨との関係について「この規定は、社会的習俗としての宗教的感情などを保護するのが目的だから、葬送のための祭祀で、節度をもっておこなわれる限り問題はない」という趣旨の見解をはじめて明らかにしました。

また、関連するもうひとつの法律「墓地、埋葬等に関する法律」について、当時の厚生省は「この法律は、もともと土葬や火葬を対象にしていて、遺骨を海や山にまくといった葬法は想定しておらず対象外である」と述べました。

こうした国側の見解が明らかになったことにより、これまで違法だと考えられていた散骨が、死者を弔う祭祀として相当の節度をもっておこなうならば違法ではないという法解釈が定着するきっかけとなりました。

現在では、有名人をはじめとして多くの人が散骨をおこなうようになり、散骨に対する社会的合意ができつつあります。

海洋散骨のセレモニー

現在の日本でおこなわれている海洋散骨は、葬送儀礼としてはまだ歴史が浅いといえます。なので、古くからの葬送のしきたりからは自由であり、特にこうしなければならないという決まりごとはありません。おこなう側の自主的な方法に任せられているというのが現状です。しかし、決まりがないからといって、ただ船で沖へ出て遺骨を撒いて戻ってくるだけ、というのでは葬送儀礼としては成り立ちません。散骨はあくまでも葬送のための祭祀のひとつであり、死者の尊厳がきちんと守られるような儀式として、節度をもっておこなわれるべきです。遺骨が海の中に還っていく瞬間まで、亡くなられた方の尊厳は守られなければいけません。そして遺された人にとっても、故人の最後の形ともいえる遺骨がどのように葬られたのか、散骨というひとつの区切りをどのように迎えるかによって、故人を亡くした悲しみに折り合いをつけるきっかけになるかもしれません。

それでは実際に海洋散骨のセレモニーがどのように行われているのか、一例をあげてみましょう。

海洋散骨では喪服の着用は避けるようにしています。これは、船が出航する公共の桟橋やマリーナに訪れる観光客やレジャー目的の人たちへの配慮で、どこの業者でも同じ方針をとっています。少しカジュアルで、追悼の意を示すような落ち着いた服装で、お天気の状況を確認して、出航します。

散骨ポイントに到着すると、遺骨と一緒に花弁を撒きます。この時、自然に還らないラッピングは外し、茎から一つ一つ外した花弁を用意することが望ましいです。水面に広がる色とりどりの花は美しく、印象に残る光景です。

そして信仰に関わらず、故人のために静かに祈る時間を設けます。多くの人が自然に手を合わせ、死者への弔意を示しています。

散骨が終わると、散骨した場所を船が旋回します。旋回している間が最後のお別れの時間となります。多くの方は静かに海を見て過ごされます。この時の遺族の胸の内では、さまざまな感情が湧きあがり、悲しみに向き合っておられるのでしょう。

そして、船が汽笛を鳴らしながらゆっくりとその場を離れます。

グリーフワークとしての海洋散骨

大切な人の死など、大きな喪失を経験した後に、自分の抱えている悲しみに向き合い、折り合いをつけていくことを「グリーフワーク」といいます。死別を体験したことにより湧き上がってくる様々な感情や思いに蓋をして閉じ込めている状態のことを「悲嘆(グリーフ)」といい、グリーフに陥った人が、悲しみに向き合ってその蓋を開けていく作業のことをグリーフワークというのです。葬送の一連の流れには、遺族のグリーフワークを助けるプロセスが多く含まれているといいます。

船上では多くの人が海を見ながら故人について想いを馳せる時間を持ちます。涙を流したり、遺骨に話しかける姿も見られます。乗船から下船までの時間の中で、日常生活では考えることが少なくなった故人への想いを再び呼び起こし、悲しみに向き合い、遺骨を大海原に手放すことで気持ちの整理をつけていく…海洋散骨という葬送が遺族のグリーフワークというプロセスとして機能していると考えることもできます。

散骨は、いつしなければならないという決まりや慣習はありませんが、お墓への納骨と同じく、四十九日が過ぎた頃におこなわれる場合がもっとも多いようです。大切な人を亡くした遺族にとって、死別後の慌ただしさからひと段落し、周囲の人たちの気遣いが減っていくこの頃が一番つらい時期なのかもしれません。また、一周忌や三回忌などの故人の命日や、故人の誕生日に散骨する方もおられます。こうした特別な日が近づくことで、故人を強く思い出し、悲しみがぶり返すのは、誰にでも起こり得る現象です。このように、遺族が大切な人の遺骨を海に撒こうと考える時期は、実は、多くの人にとって、グリーフワークが必要な時期だと言えるのかもしれません。

手元供養という選択

遺骨は、いったん海に撒いてしまうと、もう取り戻すことはできません。お骨上げの儀式をおこなう習慣がある日本人は、世界的に見ても遺骨への執着が強いと言われています。人によっては、気持ちの整理がつかないまま散骨をしてしまい、かえって悲嘆反応が強く表れてしまうケースがあります。散骨は、いつまでにやらなければいけないという決まりはないため、タイミングについては慎重に考えること、そして特に重要なのは、遺された家族が複数いる場合には、自分以外の家族の心の状態にも配慮し、よく相談をしてしっかりと合意を得ておくことが肝心です。

散骨、あるいは納骨により、全ての遺骨を手放してしまうと心のよりどころを失ってしまうのではないかと心配な方のために、遺骨の一部を手元に残しておく「手元供養」という選択肢があります。「手元供養」とは、遺骨や遺灰の一部を自宅など身近な場所に置いて供養するという概念です。欧米では手元供養の習慣が古くからあり、遺灰の一部をメモリアルペンダントに入れて身につけたり、遺灰から人工ダイヤモンドを作る技術なども開発されており、骨壺も自宅に置くことを前提とした形のものが出回っています。日本でも、葬儀や供養に対する価値観の変化や、旧来の仏壇が日本の住宅事情にあわなくなってきていることも関係して、手元供養品を生産する国内メーカーが増えてきています。

自由だからこそ、しっかりと考えておきたい

現代社会において、お墓の管理や取得が難しくなってきていて、死後は先祖と一緒のお墓に入らなければならないという固定観念からも自由になりつつあります。葬送の方法とは、古来から連綿と受け継がれているのではなく、その時代の生活に応じて変化していくものです。海洋散骨は、従来の葬送を否定しているものでは決してありません。お通夜や告別式、忌日法要などはそのままおこなうことが出来ますし、遺骨を全て海に撒いてしまわなければいけないものでもありません。一部を散骨し、一部をお墓に納骨することも出来ます。また、いつまでに散骨しなければならないという決まりがないため、一度お墓に納骨してしまった後でも散骨することが可能です。故人の遺志と遺族の思いで自由におこなうことが出来るゆえ、生前から本人や家族の希望をよく話し合っておくことが大切です。

人間はいつか必ず死を迎えます。その時にどうしてほしいのかという自分の本音を見つめなおし、さらに自分の親しい人はどう考えているのか本音で話し合ってみてはいかがでしょうか。人生の終わりを考えることがきっかけで、生きている「今」がとても大切なものだと再確認できるかもしれません。一度きりの人生を、悔いのないように精一杯生き抜いていけたら、それはとても素敵なことだと思います。

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編集・脚本 チームコンシェルジュ

〈参考文献〉

村田ますみ『お墓に入りたくない!散骨という選択』2013年 朝日新聞出版
村田ますみ編『海へ還る 海洋散骨の手引き』2018年 啓文社書房
瀧野隆浩『これからの「葬儀」の話をしよう』2018年 毎日新聞出版
橳島次郎『これからの死に方 葬送はどこまで自由か』2016年 平凡社
島田裕巳監修『自然葬のススメ』2015年 徳間書店